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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)112号 判決

アメリカ合衆国、ペンシルバニア州19106-2399、

フィラデルフィア、インディペンデンス モール ウェスト100

原告

ローム アンド ハース コンパニー

代表者

マークエス アドラー

訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

小池豊

櫻井彰人

同弁理士

辻永和徳

東京都荒川区東尾久七丁目2番35号

被告

旭電化工業株式会社

代表者代表取締役

岩下誠宏

訴訟代理人弁護士

上村正二

石葉泰久

石川秀樹

田中慎一郎

松村武

同弁理士

古川秀利

主文

特許庁が平成6年審判第5731号事件について平成8年3月1日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

主文と同旨の判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「増粘剤含有ラテックス組成物」とする特許第1766005号特許発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。なお、本件発明は、昭和52年12月6日に特許出願され、平成元年11月24日の出願公告(平成1年特許出願公告第55292号)を経て、平成5年6月11日に特許権の設定登録がされたものである。

被告は、平成6年3月31日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求し、平成6年審判第5731号事件として審理された結果、平成8年3月1日に「特許第1766005号発明の特許を無効とする。」との審決があり、原告は同年4月24日にその謄本の送達を受けた。なお、原告のための出訴期間として90日が付加された。

2  審決の理由

別紙審決書「理由」写しのとおり

3  審決の取消事由

本件発明の出願公告に記載されている特許請求の範囲は、審決認定のとおりである。

しかしながら、原告は、本訴の係属中である平成9年10月17日に明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)をすることについて審判を請求し、平成9年審判第17381号事件として審理された結果、平成9年11月25日に「特許第1766005号発明の明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」との審決を受けた。

本件訂正は、特許請求の範囲の

a  「親水性ポリエーテル基」を、「ポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基」と訂正すること

b  「反応体(a)は少なくとも一種の水溶性ポリエーテルポリオールであり」を、「反応体(a)は少なくとも1500分子量のポリオキシエチレン鎖を含む少なくとも一種の水溶性ポリエーテルポリオールであり、前記ポリエーテルポリオールはポリエチレングリコール、酸化エチレンとトリメチロールプロパンとの付加物、および酸化エチレンとジペンタエリスリトールとの付加物の3種から選択される化合物、若しくは当該化合物と有機ポリイソシアネートとのヒドロキシルー末端プレポリマー、または当該化合物とそのようなプレポリマーとの混合物であり」と訂正することを骨子とするものであるが、これらはいずれも特許請求の範囲を減縮するものである。

そして、本件訂正に係る審決は、本件訂正後の特許請求の範囲記載の発明が本出願の際独立して特許を受けることができる旨を認定して、本件訂正を認めたものであるから、本件発明の技術内容は本件訂正後の特許請求の範囲に基づいて認定されなければならない。

しかるに、審決は、本件発明の技術内容を本件訂正前の特許請求の範囲に基づいて認定したものであるから誤りであり、この誤りが本件発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

理由

甲第7号証(本件訂正に係る審決)及び第8号証の1、2(審判請求書、明細書)によれば、原告の主張3の経緯が認められる。

上記事実によれば、本件発明の技術内容は本件訂正後の特許請求の範囲に基づいて認定されるべきところ、審決は、本件訂正前の特許請求の範囲に基づいて本件発明の技術内容を認定したものであるから違法といわざるをえず、この違法が本件発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことはいうまでもない。

よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年9月24日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

理由

〔手続の経緯・本件特許発明の要旨〕

本件特許第1766005号発明は、昭和52年12月6日に特許出願され、平成1年11月24日に出願公告(特公平1-55292号)され、平成5年6月11日に設定登録がなされたものである。

そして、本件特許発明の要旨は、明細書の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの下記にあるものと認める。

「エマルションポリマーおよびエマルションポリマーの固形分をベースにして約0.1~約10重量%の非イオン性の水溶性または水に可溶化しうるポリウレタン増粘剤組成物を含有するラテックス組成物であって、前記ポリウレタン増粘剤組成物が少なくとも3個の疎水性基を有し、かつそれらの疎水性基の少なくとも2個が末端基であり、それらの疎水性基は一緒にして全部で少なくとも20個の炭素原子を含み、それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも1500の分子量である親水性ポリエーテル基を通して連結されており、そして前記ポリウレタンの分子量は少なくとも10,000であり;前記ポリウレタン組成物は下記の1)~5)の反応生成物から選択され、その中で反応体(a)は少なくとも一種の水溶性ポリエーテルポリオールであり、反応体(b)は少なくとも一種の水に不溶性の有機ポリイソシアネートであり、反応体(c)は単官能価活性水素含有化合物および有機モノイソシアネートから選ばれる少なくとも一種の単官能価疎水性有機化合物であり、そして反応体(d)は少なくとも一種の多価アルコールまたは多価アルコールエーテルである:

1)少なくとも3個のヒドロキシル基を含む反応体(a)と前記有機モノイソシアネートとの反応生成物;

2)反応体(a)と2個のイソシアネート基を含む反応体(b)と前記活性水素含有化合物との反応生成物;

3)反応体(a)と少なくとも3個のイソシアネート基を含む反応体(b)と前記活性水素含有化合物との反応生成物;

4)反応体(a)と反応体(b)と前記モノイソシアネートとの反応生成物;および

5)反応体(a)と反応体(b)と前記モノイソシアネートと反応体(d)との反応生成物

を特徴とするラテックス組成物。」

なお、審判被請求人は、平成8年1月18日付けの上申書において、平成7年9月28日付けの審判事件弁駁書に対する答弁書を提出し、その際、本件特許発明明細書の訂正の請求をしたい旨を上申している。しかしながら、上記審判事件弁駁書を見ても、新たな答弁書の提出を待つことなく、本件審判事件の審理が進められると判断できる。したがって、審判被請求人の上申事項は採用せず、本件特許発明の要旨を上記のとおり認定した。

〔当事者の主張〕

1. 審判請求人は、結論と同趣旨の審決を求め、その理由の1つとして、本件特許発明は、甲第4号証として提出する特公昭52-2580号公報(昭和52年7月9日発行、以下、「引用例」という。)に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものである旨を述べている。

2. これに対して、審判被請求人は、本件審判は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、本件特許発明は引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないので、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものでない旨の主張をしている。

〔引用例の記載事実〕

引用例には、下記事項が記載されている。

「特許請求の範囲 1 一般式

〈省略〉

(式中Zは活性水素原子を有する化合物とアルキレンオキシドから誘導された2~8価のポリエーテルポリオールの残基、但しポリエーテル鎖中にオキシエチレン基を20~90重量%含むものとする、mは2~8の数で該ポリエーテルポリオール1分子中の水酸基の数を示す、Aは2価の炭化水素基、Yは活性水素を有する1価の化合物の残基、nは3以上の数)で表わされる水溶液に対して高粘度を与える表面活性剤。」

(第1欄第18行~第33行)

「本発明は非イオン系の高粘度を与える表面活性剤組成物に関するものである。」

(第1欄末行~第2欄第1行)

「本発明の目的は水溶液に対して新規な高粘度を与える表面活性剤を得ることにある。・・・更に本発明の目的は少量で極めて大きな増粘効果を与える増粘剤を得ることにある。」

(第2欄第32行~第3欄第2行)

「本発明の高粘度を与える表面活性剤にはその用途に応じて種々の添加剤を加えることができ、たとえば他の非イオン系、アニオン系、カチオン系などの表面活性剤、燐酸、塩酸、硫酸、クエン酸、シユウ酸、グルコン酸等の酸を添加することができ、またラテックス、塗料、顔料、印刷関係等の乳化安定剤、展着性改良剤、保水性向上剤等に用いることができ、捺染ノリの調製。繊維、紙の仕上げ剤、被覆剤、泡保持剤、その他分散剤、粘度調製剤として用いることができる。」

(第11欄第17行~第26行)

「本発明の効果は新規な高粘度を与える表面活性剤を得たことにある。・・・更に本発明の効果は少量で極めて大きな増粘効果を与える増粘剤を得たことにある。」

(第11欄第27行~第32行)

「実施例12 庶糖とグリセリン(1:1)の混合ベースに分子量4500になるまでプロピレンオキサイドエチレンオキサイドをランダムに付加したコポリマー(エチレンオキサイド50重量%)と、イソホロンジイソシアネートと、ポリオキシエチレン(エチレンオキサイド50モル付加)ジステアリルアミンとを1:2.3:2の割合で反応させて常温で固体の反応生成物を得た。1%水溶液の曇点は65℃、4%水溶液の粘度は46センチストークス(30℃)であった。」

(第15欄末行~第16欄第10行)

〔当審の判断〕

引用例には、表面活性剤をラテックス、塗料等の乳化安定剤に用いることができることが記載されているので、表面活性剤の発明とともに、表面活性剤を含有するラテックス組成物の発明が記載されているといえる。

そこで、本件特許発明と引用例記載のラテックス組成物の発明とを対比する。

「ラテックス」なる語はゴムラテックスに起源をもつが、重合技術の発達、特に乳化重合の発達により、熱可塑性樹脂の乳濁液(この場合エマルションと同一意味に解される。)をもラテックスという場合があり(必要なら、瀬戸正二監修「実用プラスチック用語辞典」第2版第4刷、昭和50年1月20日株式会社プラスチックス・エージ発行、第566頁参照)、引用例の表面活性剤をラテックスに添加するということは、とりもなおさず、表面活性剤をエマルションポリマーに添加することを示唆しているといえる。したがって、引用例に記載されたラテックスは、エマルションポリマーを含有するとして差支えない。

引用例の実施例12で得られた常温で固体の反応生成物は、非イオン性の水溶性ポリウレタンであり、引用例記載のラテックス組成物の発明に用いる表面活性剤の好ましい態様の一つとして説明されたものであるから増粘剤組成物であるということができる。

そして、引用例の実施例12で得られた常温で固体の反応生成物は、少なくとも3個の疎水性基を有し、かつそれらの疎水性基の少なくとも2個が末端基であり、それらの疎水性基は一緒にして全部で少なくとも20個の炭素原子を含み、それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも1500の分子量である親水性ポリエーテル基を通して連結されていることは明らかである。

また、引用例の実施例12で得られた常温で固体の反応生成物は、水溶性ポリエーテルポリオールと2個のイソシアネート基を含む水に不溶性の有機ポリイソシアネートと単官能価活性水素含有化合物との反応生成物であるといえる。

さらに、引用例の実施例12で得られた常温で固体の反応生成物は、分子量4500のコポリマーと、イソホロンジイソシアネートと、ポリオキシエチレン(エチレンオキサイド50モル付加)ジステアリルアミンとを1:2.3:2の割合で反応させて得られたものであるから、その分子量は少なくとも10,000であると考えられる。

したがって、本件特許発明と引用例記載のラテックス組成物の発明とは、エマルションポリマーおよび非イオン性の水溶性ポリウレタン増粘剤組成物を含有するラテックス組成物であって、前記ポリウレタン増粘剤組成物が少なくとも3個の疎水性基を有し、かっそれらの疎水性基の少なくとも2個が末端基であり、それらの疎水性基は一緒にして全部で少なくとも20個の炭素原子を含み、それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも1500の分子量である親水性ポリエーテル基を通して連結されており、そして前記ポリウレタンの分子量は少なくとも10,000であり、前記ポリウレタン組成物は反応体(a)と2個のイソシアネート基を含む反応体(b)と前記活性水素含有化合物との反応生成物、その中で反応体(a)は少なくとも一種の水溶性ポリエーテルポリオールであり、反応体(b)は少なくとも一種の水に不溶性の有機ポリイソシアネートであるラテックス組成物の発明である点で一致しており、ただ、次の点でのみ相違する。

本件特許発明では、非イオン性の水溶性ポリウレタン増粘剤組成物の量をエマルションポリマーの固形分をベースにして約0.1~約10重量%である旨を規定しているのに対して、引用例記載のラテックス組成物の発明では、その具体的な量を明らかにしていない点、

そこでこの相違点について検討すると、引用例には、増粘剤が少量で極めて大きな増粘効果を与えることが記載されているので、引用例記載の表面活性剤を増粘剤として用いる場合に、エマルションポリマーの種類等に応じて増粘剤の量を決定し、その際に、具体的な量としてエマルションポリマーの固形分をベースにして約0.1~約10重量%とすることは、当業者が容易にできることと認められる。

そして、本件特許発明がこの相違により引用例記載のラテックス組成物の発明と比較して格別の効果を奏したものとは認めることができない。

したがって、本件特許発明は、引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

〔結び〕

以上のとおりであるから、本件特許発明は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものでり、同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものである。

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